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第82話 俺の傍に居て

last update publish date: 2026-05-21 06:23:31

佐伯は、感情のないまま育ったわけじゃない。

ただ、「出さないで」生きるしかなかっただけだ。

出せない環境に、ずっと閉じ込められていただけだ。

「……南緒、」

呼ばれた声は、どこか不安げで、縋るみたいだった。

佐伯は俺の服の裾をそっと捲り上げる。

乱暴さは一切なく、確かめるような指先の動きのまま、胸元からお腹へと静かに唇を寄せてきた。

その仕草に、欲情よりも切実さが滲んでいるのが分かる。

ただ肌に触れて、そこに俺かがいることを実感したい――そんな風に見えた。

温度が移るたび、呼吸が重なり、心臓の音が近づく。

これはセックスじゃない、と自然に理解できた。

佐伯は、安心を探しているだけだ。

「ん、澄人……」

思わず声が漏れそうになって、口元を手の甲で押さえる。

佐伯は、唇を寄せ、匂いを確かめるみたいに小さく息を吸い、時折、乳首にそっと舌を這わせた。

その動きは拙くて、切なくて、本当に小さな子どもが甘えているみたいだった。

でも、不思議と嫌だとは思わなかった。

それで佐伯の胸の奥が、少しでも満たされるなら――この身体で、今はそれに応えたいと思っ
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